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2011年7月30日 (土)

原発事故なんかで自殺するな

最近、原発周辺の農業のことで悲観的な報道が多くされる。

今は牛肉が問題で牛が売れないってことで

原発近くの農業者が将来や金に困ってるって話なんだけど、そんなこと

で絶対に自殺するなよって思う。

(これから米がどうなるか心配してるけど・・・)

元農民の俺から言わせれば
原発事故の一番責任のある奴が自殺してないのに(自殺未遂報道あり)
事故に巻き込まれた人間が将来に悲観して自殺することはないだろう。
ただ、二度と戻ってこないものもあるから
軽々しく書けないけど、どんな人間でも自殺なんかして欲しくない。
自殺報道をテレビで観ると
俺の思春期に友達が自殺したことが今でも
トラウマのように蘇るので辛くなってくる。
政府がなんとかしなければいけないのに
政府が行き当たりばったりの対応だから本当に頭に来る。
民主党は命の価値なんて平等なんて思ってない。
平等だと思っているんだったら
発電所が水素爆発した時に福島県民に情報を提供して
少しでも早く避難できるように対策を立てただろう。
結果的に福島県民は放置されてしまった。
極端な事を書くと子供達が放射能に汚染されてしまった。

子供達の周囲で少しでも除染作業が進んでいれば

将来的な影響が少なくなるはずなのに

そのような話も全然進んでいないと思う。

俺は絶対に菅首相が許せない。
リーダー不在だと思ってたら、いつのまにか暴走リーダー
になってるじゃないか。
自民党から民主的に政権が移ってから
民主的に物事が進んでいないような気がする。

日本の将来に悲観して

自殺が増加すると思うのは俺だけなんだろうか。

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2011年7月28日 (木)

○○家の宝

○○家の宝は○○○だったでござるの巻
先日、古い家に古びた高級金庫を見つけた。
多分、祖父の持ち物だと思う。
これこそ佐藤家の宝。
妙に軽い気がするけどなんだろう?
当然、金貨のように価値のあるものだと思った。
鍵が掛かっていて容易に開かなかっので
仕方なく、ベビーサンダーを使用して金庫を破壊した。
開けてみると、小額の金(50銭札と1銭硬貨など)と
旧満州時代の南満州鉄道と北満州開発会社の株券、土地の
開拓許可証、叔父叔母達の小学校時代の通知せん(通知表)
や卒業証書だった。

子供のつうちせん

これが佐藤家の宝?
貧乏な家の宝ってこんな物?
ちょっと期待はずれだった。
でも、いつの時代でも親にとっては
子供が一番の宝なんだと納得した。
追記
叔父叔母の小学校時代の成績は
俺の成績とほとんど変わりがなかった。
やっぱり学校の成績って遺伝的なものなんでしょうか?

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千歳のマッスルパーク

10日ほど前、母の納骨が終わった次の日に
千歳のアウトレットモールのレアと
マッスルパークに行ってきた。
妻と娘はアウトレットモール、息子が
マッスルパークに行くのが目的だった。
俺は息子に付き合うことにした。
マッスルパークに入場する前に
ちょっと料金が高い気がしたけど、そんなに
何度も来れるわけでもないので息子だけ一番高いセットで
俺が一番安いセットを申し込んで入場することにした。
とりあえず一番子供に人気があるゲームを係りのお兄さん

に案内してもらって子供にやらせることにした。
子供が障害物を走り回ってタイムを競うものだ。
息子は○○秒だった。
子供の年齢で速いのか遅いのか分からなかった。
年齢別に目標タイムがあると比較できるのだが、それも
ないので子供は満足してたけど、俺はこれでいいのかと

疑問に思った。
(子供がするゲームが限られているので他のゲームを

しながら三回くらいやらせた)

次に息子にキックターゲットをやらせたら
全然駄目で一個くらいしか当たらなかった。
すぐに終わったので、すぐに金がなくなる気がしてきた。
とりあえず近くのゲームからどんどんやらせてみた。
息子が他のゲームをやってみたので俺も

何かやりたくなった。
息子に俺の実力を・・・
なんて思ったけど、太り過ぎの体になっているので
時間を競う種目はパスした。
無難にストラックアウトをやってみた。
ボールを投げて的に当てるだけなのだが、思ったより
距離がとても遠く感じた。
子供に中学の時に野球部員だった

俺の本当の実力を見せてやりたかったが、
2球しか的に当たらなくて駄目だった。
何球か投げただけなのに肩が痛くなっていた。

口には出さなかったが歳(年齢)を感じた。

もう無理な年齢かもしれない。
本当は壁登りをやりたかったけど、太った体の俺には
壁登りなんて無理だ、と思った。
軽いゲームを息子と一緒に楽しんだ後に
息子が遊ぶのをしばらく見て帰ることにした。
今度機会があってマッスルパークが残っていたら
絶対に息子と競争したいと思う。

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2011年7月24日 (日)

祖父の軍服

一ヶ月前に古い家を整理していたら
祖父の軍服が入った大きな箱が見つかった。
どう処分したら良いのだろう。
俺は軍人なんか大嫌いだから
父親(数年前死亡)が処分したら良かったのに・・・。
(今の現状では軍隊は必要悪だと思っている。
どこの国の軍隊も自分の国を守るためにあるけど、
軍隊がなければ戦争なんて絶対起きない)
祖父は終戦時に大尉だった(終戦後に少佐)から
戦争前の軍服姿の写真や資料がたくさんある。
だけど、終戦直前に
赤紙で召集された人なんか記録もなくて
どこで戦死したのかもわからない状態の人もいる。
未だに異国の地で野ざらし状態になっている遺骨も
たくさんあるはずだ。
そういった人達や遺族の無念さを思うと
軍隊(軍人)が好きになれない。
結局、博物館にほとんどの資料を引き取ってもらった。

PS 

どこの国でも同じことが言えることだが、軍紀が守られずに

軍人による一般の住民に対する略奪、強姦、殺人が

やりたい放題になってしまうことは仕方のないことだと思う。

H23.9.22

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昔の友達

先日、昔の友人と居酒屋で飯を食べた。
中学時代の同級生の消息について聞いた。
俺にとって結婚したかどうかが関心事だった。
誰と誰が結婚したとかしてないとか
離婚したとか空港で別れたとか(成田離婚?)
母親が田舎近所の噂を元に
話していたことが本当のことだったと知った。
空港で別れた彼女は今どうしてるんだろう。
気になったので友人にしつこく聞いたけど、
消息は不明だった。
その中で一番知りたかった
俺の好きだった女性のことを自然に聞き出した。
彼女は結婚して札幌に住んでいることを知った。
俺は3年以上札幌に住んでいたけれど、一度も会わなかった。
何年間も好きだったのに縁というものが全然ない。
好きという想いだけではどうにもならないことを感じた。
俺は友人の結婚相手を昔から知っているので
ちょっとからかってみた。
「○○ちゃんは誰と結婚した?」
「○○って奴は女遊びする人じゃないか?」
どうやら俺の冗談は彼には通じないらしい。
俺は結婚してからは妻しか知らないけど、彼は俺より真面目だから
生まれてから50歳近い今まで彼女しか知らないようだった。
身近に本当にそんな人間がいたんだと驚いた。
一回だけの人生なのに少しモッタイナイ気がした。

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息子の女友達と嫌な思い出

二週間ほど前、北見の実家から旭川の自宅に戻った。
朝飯を食べてからネットをやっていたら
小学高学年の息子の女友達が二人遊びに来た。
残念なことに息子は塾関係のテストで外出していたので
妻が女の子に事情を話して帰ってもらった。
俺「高学年になっても普通に遊べるんだね」
妻「○○○○(息子の名)は普通に遊べるよ」
俺「何して遊んでるんだろ?TVゲーム?難しい年頃だろ」
妻「何かするわけじゃないけど話したりしてるんでしょ」
俺「話し?話ができるだけでも○○○○(息子の名)が羨ましい」
俺は40年前の悪夢のような出来事を思い出した。
小学校の高学年になると女の子って
男の子より体格が良くなって
急に大人びたりするんだけど、一面とても残酷なことをする。
あれは俺が小学5年生だったと思う。
放課後、たまたま小学校の砂場近くで
スカートめくり常習犯の奴と一緒に遊んでいた。
そしたら女の子が5人くらい現れてスカートめくり常習犯に
「ちょっと話があるんだけど、こっちに来て」と言った。
(スカートめくりをしたことのない俺は関係なかった)
いつもは可愛い?女の子達が鬼のような顔をしていた。
ユ○○ちゃんと怖い顔のト○○ちゃんが特に怖い顔をしていた。
二人には悪いが、今となっては鬼と化した二人の顔しか
思い出せない。
俺は、ちょっと離れた場所で様子を見ていた。
ボス格の女の子の一人が「あんた、スカートめくりばかりして
いい加減にしなさいよ」
一人の男の子と五人の女の子達が対峙する異様な光景だった。
いつのまにか砂場で女の子達が輪になって一人の男の子を囲んだ。
何回かの押し問答の末、女の子達が男の子の服を脱がし始めた。
「あんたが悪いんだからね・・・」
男の子は抵抗もむなしくパンツも脱がされ丸裸になった。
砂場の上で、チンチン丸出しの男の子が
回りを囲んだ女の子達に何度も突き飛ばされて転がされた。
男の子は必死になって抵抗したけど、数が多い女の子には
全然歯が立たない状態になっていた。
(裸にされた男の子は好きな女の子達から
辱めを受けて快感だったかもしれないが・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俺は仲間を助けることも忘れて
生まれてから初めて、味わったことのない
恐怖を感じて現場から走って逃げた。
それからのことは詳しく覚えていない。
そんな出来事があってから
俺は女の子と普通に接することができない状態が長く続いた。
というより女性が好きになれないでいた。
他に一学年上の女性達が手に障害を持った同級生の女性を
苛めているのを近くで幾度となく見たことも原因の一つだ。
(そういうことをやる当事者より見てる方が嫌な思い出として残っている)
時々、あの時なんで俺の目の前であんなことをやる
必要があったんだ?
助けられない自分は何て弱い人間なんだ?
って悩んだりもした。
でも、好きな女性があんな状況になって男に襲われていたら
自分が命を賭けても守らなければっていけないって
強烈に思うようになった。
そのことがきっかけで思春期に精神的に強くなろうと武道を
やろうとしたが、自分にとって存在自体が嫌な女に邪魔されて
女性に対して嫌な思い出しか残らなかった。
本当は若い時に多くの異性と付き合いがあれば
良かったのだけれど、自ら積極的に行動しなかったので
大人になってからも女性に接することが難しくなってしまった。
余計なお世話だけど、女子高・女子大とか男子高とか行く人達は
自分から積極的に外に異性を求めて行動しないと
大人になってから恋愛や結婚などでの異性との付き合いで
苦労するんじゃないのと思ってしまう。
俺は結婚した今でも女性が苦手なので
普通に女の子と接することができる
○○○○(息子の名)を見ると羨ましく感じる。

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